パソコンで遊びたいなぁ~!

誘遊四国号Dルートー足摺岬から

足摺岬
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足摺岬は四国の最南端に位置し、

東経133度1分北緯32度43分の地点で

冬も霜を知らず年間の平均気温は

17度7分です。

温暖多雨な気象条件の下で

発生した温暖植物はここに相まって

原生林をつくり、果てしない太平洋の

どとうが虹のしぶきをあげ、雄大な自然の景観を

生み出しています。


キャッチコピーは以上ですが、何のことはない

凄~く寒く、やはり例外は常にあるようです。

ここも夏向きで冬に来るのはサスペンスドラマの撮影隊くらいでしょうね。



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14歳の時に漁師の手伝いで漁に出たあと遭難し、5日半漂流後奇跡的に太平洋に浮かぶ無人島の鳥島に漂着して143日間生活した。そこでアメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に仲間と共に救われる。日本はその頃鎖国であったため、救われた大人達は寄港先のハワイで降ろされるが、アメリカのホイットフィールド(Whitfield)船長に気に入られた万次郎は本人の希望からそのまま一緒に航海に出る。船名にちなみジョン・マン (John Mung) の愛称をアメリカ人からつけられた。

アメリカで英語、数学、測量、航海術、造船技術などを学び、やがて船員達の投票により副船長に選ばれる。万次郎はアメリカの民主主義を目の当たりにすることになる。世界の各地を航海した万次郎は、その後船を購入しハワイに寄港、元の仲間と再会し、1851年(嘉永4年)共に日本へ帰国を果たす。

江戸で通訳も務め、またアメリカで身につけた学問を基に各地で講師としても活躍する。高知では坂本龍馬も万次郎から聞いた世界観に影響を受けたと言われ、激動の幕末における影の重要人物である。
しかし、
万次郎は少年期に日本で基本的な学識を身に付けることなく米国に渡ったため、通訳としては有能であったが、文章化された英語を日本語に訳することが不得手であったとされる。そのため西洋の体系的知識を日本に移入することが求められた明治以降は能力を発揮する機会に恵まれず、目立った活躍はしていない。(Wikipedia)


成り行きで成り立った人生なのであまり魅力的に見られていないけど数奇な運命をたどったやはり土佐の偉人の一人なのでしょう。
でもちょっと寂しいね。

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by ma-kom | 2008-02-02 01:06 | 旅・お出かけ・ランチ | Trackback | Comments(2)
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Commented by サチ at 2008-02-06 08:36 x
タクシーの運転手さんによると、
ジョン万次郎は、生涯に色っぽい話がないので、日本では人気がなく、ドラマにならないのだそうですが、今、あの篤姫には出ていますね~♪
Commented by ma-kom at 2008-02-06 10:17
そうなんだ・・・。

篤姫は見ていないので・・・・。

今度見てみようかしら・・・。
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