パソコンで遊びたいなぁ~!

我がルーツ

帰って来て早速接骨院へ行って来ました。
向こうで散々足がつって、今一番痛い所は両脹脛なんです122.png




今回の旅の最大の目的は多分相続で発生した広い土地の開発にどうしても邪魔をしている祖父名義の境界線の承諾が必要だったみたいです。土地と言ってもちょっと低い森の様な場所です。そこを埋め立てて二十数件の家を作るようですが、今回の不動産屋さんは土地の整備までの様ですが、それでもかなりの資金が動くのでしょう。そうしなければわざわざ九州から私の所まで訪ねては来ないでしょう。




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里道を挟んで宅地と言うより祖父名義のけもの道がが残っていてその2ケ所の承諾書が必要だったみたいです。
私としてはその祖父名義の土地を抹殺したかったのですが、今回の不動産屋さんとしては取りあえず、面倒でない承諾書で良かったみたいです。

当初は承諾していただくと言う事で10万円のお礼をいたします。と言われたのですが、怖くって判を押して渡すなんて出来ません。
もう、関係ないからと言ってお断りしたのですが、

書類の提出先が市長あてになっていたので、最低市役所の前でしか判を押すことはしません。と言いました。
その頃、私の脳裏には佐世保にある一族の古い墓があるので、一度くらいは見て確認をしたいと前々から思っていたので、その10万円は2人分の2泊3日の旅費に相当するとちょっとした計算がありました。

こんな事も無ければ絶対行かれなかったし、いい機会だったのでしょうね。

父方とは疎遠になっていたので墓の場所も判らなかったので、10年前父が亡くなった時に比較的優しかった父の従妹の娘さんに連絡をしました。その方は今は嬉野市に住んでいるのですが、佐世保の家も墓も詳しくてとても親切にしていただきました。



祖父名義の2ケ所の1つは階段になっていて右側の家の上り口になっています。(この細い階段から土手の上まで続いています)
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こんな道は本当に寄付でもしたいし、右のお宅の人に譲りたいくらいですが、その作業は地元に居なくては出来ないし、今の不動産会社が交渉してくれてその方の承諾書を貰えば良いものをと内心思いました。

このお宅が古くなり取り壊すなり、売るなりする場合は、この土地がネックになるでしょうから・・・。その時は係累がいないので今よりはもっともっと相続人に辿り着くのは難しいのでしょうね。





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東京住まいの祖父が別荘として作った家がまだ残っていました。
昭和18年に東京の会社をたたんで一時疎開をしていたそうですが、24年にまた東京に戻っているのでそんなに長くは住んでいなかったようです。母と父はここで結婚式を挙げていました。



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中には灯籠やしし脅しがあって日本家屋の趣をふんだんに取り入れ素晴らしいお屋敷だったみたいです。

裏には鶏小屋や畑があってかなり広かったそうですが、今では後ろの方には別の家が建っていました。

でも、未だに残っていたのには大感激です。


そして、肝心のお墓ですが、これが凄い!場所を聞いても多分たどり着けない・・・・・。

一山が全部墓地になっていて、その頂上にありました。

これは修理するにも大変でしょうね。


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つい数年前にもどなたかが葬られたようですが、ほとんど知らない人です。
地元以外はここに来るのはもう無理ではないでしょうか?


ちょっと手入れをしないとコケや木の枝が伸びて来て大変なようですし、今では管理会社もはっきりしていない様です。

親切な嬉野の住人は一週間前にお手入れに来ていただいたみたいです。まあ、彼女のおばあさんが入っている関係でしょうか!?

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この写真も「私が写っています」とおっしゃっていました。左の女学生がそうだと思いますよ




足の悪い私は無理かなとも思ったのですが、最後のあがきで頑張って決別をして来ました。


嬉野の親族はとても良い人達で、そのまま嬉野温泉まで行って、初めてお会いしたのにもかかわらず、御もてなしをしてくださいました。

父の従妹の娘さんですが、その従妹さんの名はどういう訳か幼いながらも記憶に残っていたのです。

祖父の古い写真の中から関係ありそうな写真を持参しながら昔話を聞いていました。


翌日は嬉野から長崎行の高速バスがあると言う事で一直線に長崎まで出ましたが、送っていただけなければ来れない場所です。


一族の中でとっても幸せそうなご夫妻とそのご家族を見て、お父さまは戦死されているのですが27歳で未亡人となられた父の従妹の頑張りは報われたのでしょうね。

こちらまで幸せな気分になり、初対面にもかかわらず顧問をしていると言う温泉旅館まで接待を受け、血のつながりを感じた事は無いのですが、凄いものだと感じながら帰って来ました。

翌日の長崎観光は余りの暑さで妹がダウンしたので、今回の旅の思い出はこの見知らぬ親族との遭遇でしょうか・・・。
一度も接点のないのに、あの共有した会食の時間の流れは不思議な気がします。



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by ma-kom | 2017-07-27 15:17 | 旅・お出かけ・ランチ | Trackback | Comments(0)
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